***探鳥旅行記 エトロフの休日 ***

なごりを探しに
~埼玉大学野鳥研究会OBの道東探鳥旅行・風露荘再訪記 第4回~
文・写真:小林みどり
<つわものどもは 夢の中>
  2018年3月11日。 本日の予定は午前 落石クルーズ、午後 歯舞クルーズ。一日のほとんどを海の上で過ごして、海鳥を満喫する計画である。

 まずは落石港にある「エトピリ館」へ向かう。ここが落石クルーズの基地となる。参加申し込みの手続きの後、ライフジャケットを装着し、出航を待つ。
 
「エトピリ館」(上)とその前に立ててある
なんとも楽しそうな、のぼり(右)。 
のぼりのメンバー全員に会えるのは夏。
 

 ところで「クルーズ」というと、豪華客船でのんびり船旅、というイメージが浮かぶのではないだろうか。特に最近は「ダイヤモンド・プリンセス号」というクルーズ船が注目を浴び、巨大な船体や高級ホテルと見紛うような船内が、テレビやネットの画面に何度となく登場した。多くの人が、クルーズといえば「ああいう船」を思い浮かべるだろう。

 落石クルーズの船は漁船である。どこに出しても恥ずかしくない、立派な、小さな漁船である。その証拠に、何やら魚を獲る時に使うと思われる機械が、甲板にどっかりと鎮座されている。十数名の乗客は、そういった機械と機械の間に適当な場所を見つけて、そこで鳥を待つ(右の写真)。乗客用の座席はベンチ程度の簡単なもので、ゆったりとくつろいで座れるような席はない(というか、出航したら最後、ゆったりとくつろいでいる時間などないのである)。

 さて出航。船首に陣取ったガイドのT氏が「波は穏やかですが、うねりがあります」とアナウンス。確かに、うねる。かなり、うねる。船に弱い人は、絶対に酔い止めを飲んでおくべきである。、船に乗ったことがないので、強いか弱いかわからないという人も飲んだ方がいい。これで波があったら、どうなるんだろう。海に放り出される人もいるのではないか? あ、だからこそライフジャケット必須なのか…なんか、怖くなってT氏に尋ねた。「波があるときは、どうなっちゃうんですか?」すると「そういう時は欠航です」…納得。

 ところで、海鳥観察には眼の慣れが必要である。「ほら、そこにいますよ」と言われても、なかなか鳥の姿が捉えられない。おまけに連中は波間に見え隠れするし、潜る。さらに、この日は普段よりも鳥影が少ないらしい。「いないなぁ…」「どうしちゃったのかなぁ…」沖に出るに連れ、T氏の言葉の隅々に焦りが滲み出てきた。

 前方に島が近づいてきた。ユルリ島だという。このころから、状況が変化した。

ウミバト!ケイマフリ!ウミスズメ!コウミスズメ!エトロフウミスズメ!

 しかも、鳥との距離が近い! 手をのばせば、エトロフウミスズメの冠羽を引っ張れそう。これが小さい漁船のいいところだ。ダイヤモンド・プリンセス号では、こうはいかない。

 さっきまで不安げだったガイドのT氏も「これは近い!こんなに近いのはめったにないですよ!」と興奮気味。シャッター音が引きも切らずに続く。海鳥観察のクルーズ船は、鳥に近づきすぎないように気をつけているものだが、それでも、この近さである。しかも、鳥のほうでも逃げない。落ち着いてプッカリ浮かんでいる。

 あまりにも近かったので、いろいろなことがわかった。ウミバトのアリューシャン型と千島型の違い。コウミスズメは小柄でかわいいけれど、目つきが意地悪そう。エトロフウミスズメは、冠羽がフッサフサの個体もいれば、磯野波平みたいなのもいる。いやはや、これは楽しい。ついつい笑顔になってしまう。大満足の2時間半であった。
ウミバト 
左:千島型 
右:アリューシャン型
(写真 小原伸一氏)
エトロフウミスズメ
左:フッサフサ型 
右:磯野波平型
冠羽による分類はエトロフ小林独自のもので、正式なものではない。
(写真 小原伸一氏)
ユルリ島に接近するクルーズ船。
甲板と海面がこんなに近い。
 
ユルリ島の岸壁を背景に飛ぶシノリガモ。
シノリガモはここでは普通種。
(写真 小原伸一氏)
 地元のネタ満載の回転寿司で昼食の後、午後は根室港から歯舞クルーズへ。こちらの船も、もちろん漁船である。「第15はぼまい丸」と、名前からしていかにも漁船。このクルーズは、北方領土観光がメインの目的である。もちろん鳥が目的で乗ってもかまわないが、落石のT氏のような鳥専門のガイドはつかない。乗ったら最後、天候や海上の状況が許す限り、ちゃんと目的を果たしてくれる。つまり、水晶島(北方領土)のすぐ近く、国境ギリギリのところまで連れて行ってくれる。そして「ほい、そこらが国境だ」と海面を指さしてくれるが、全然わからない。「こっちに来ちゃいかん!」とロシア船がウロウロしている、というわけでもない。
第15はぼまい丸
 
この辺が国境とのこと

 鳥のほうは、とにかくウミバト祭り、ケイマフリ祭りであった。ケイマフリなんか群れをなしていた。クロガモかな? と思った群れがほとんど、ケイマフリだった。ウミバトも多かった。そもそもウミバトが、こんなにたくさんいる鳥だとは思わなかった。

 ちなみに初めて見たウミバトは三十数年前、やはり道東の海辺で、流氷にぽつんと乗っている一羽だった。それも、かなり遠い。60倍のレンズでようやく、黒い体に白斑があるということが見て取れた。その場にいた誰もが何の鳥かわからず、「協議の結果、ウミバト」。ゆえに「やったね!ウミバト!一種増えた~!」という感じにはならなかった。

 三十数年後のこの日、ようやく、あの「初ウミバト」は、やはりウミバトで間違いなかったと確信した。「よしっ!」長い間、お預けだったガッツポーズ。

 後日、クルーズのダブルヘッダーをやった、と言ったら、春国岱のレンジャーK氏に「つわものですね」と言われた。どういう面で「つわもの」なのか不明だが、体力的には確かにきつい。脚がひどく疲れるのである。揺れる船の上で夢中になって鳥を見ていると、無意識のうちに姿勢を保とうとして、脚に力が入ってしまうらしい。夕方、船を降りるとき、船縁まで脚が上がらず、自分でも驚いた。

 船を降りて駐車場へ向かう途中、誰かが「まだ揺れてる感じがするなぁ」と言っていたが、私はそういう感じはしなかった。けれど目をつぶると、目の裏には、無数の海鳥たちがプカプカと浮かんでいた。
ハシブトウミガラス 
(写真 小原伸一氏)

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